庄内協同ファ-ムだより 2001年 1月 発行 No.71
「土を買う」
我家では、米とメロンが経営の柱です。その中で、苗を育て植え付けるまでは育苗土が必ず必要です。そんな中で、わだかまっている事があります。「土を買う」という事です。
作物の育苗土を最近はほとんど購入し育苗するのが普通ですが、まわりは全部土というのにそれが利用できないという事を考えています。出来るけどやりたくないのか、やりたいけれどできないのか、自身の考えの中でわだかまってしまいます。
私達の法人、庄内協同ファームでは、昨年新JAS法下における有機認証制度のもとで「でわのもち」「ひとめぼれ」「はえぬき」を転換期間中有機栽培米として認証を受けました。そして、有機栽培米のモチとして加工販売できる事となりました。栽培の上では、十年程前から減農薬減化学肥料の取り組みが始まりでした。組合員それぞれが農薬を減らし、化学肥料を控え有機肥料の度合いを増しながら試行錯誤の繰り返しでした。
私の場合は一部の圃場で収量には課題はあるものの3年前よりやっと無農薬・無化学肥料の有機栽培米を収穫できました。その中で一番の課題は育苗の有機化でした。種子消毒を薬剤に頼らずに「温湯浸法」し、育苗後半頃から全面水を張る「プール育苗」で健苗とはいえないまでも病害虫や障害を出さずに全面植える事ができました。
昨年の6月、有機認証圃場検査の時の事です。「育苗の土はどんなものですか?」「山土を購入していますが・・・」「それを証明する事が出来ますか?」私は、青色申告用の帳簿領収書綴りから購入土先を提示しました。
「覆土や混合している砂は、どこから採取したものですか?」「我家の砂丘畑の作付けしていない隅の方からです。」「それでは圃場の地図と住所地番とその場所を明記して提出してください」「はい」。
環境を考え有機栽培に取り組んだ思いの中で、育苗土の購入も環境に影響を与えているという事を改めて強く感じさせられました。
メロンの育苗の場合は、落葉をかき集め砂丘畑の砂と自家製のモミガラ燻製を混合し購入培土は使用せずに出来ています。しかし、稲の育苗土の自家調達は労力、条件共に非常に難しくなりました。
私達の仲間のTさんは、10ha余りの稲の育苗土は、田んぼの土を取り乾燥させ砕き肥料を混ぜ使用していると聞き驚きました。
土は1枚の育苗箱に約4㍑必要です。10aに25枚使用すれば10?で10t車1台分必要となります。作業や労力を考えると驚くばかりです。しかし我家の場合は、圃場より採取できない理由があります。雑草、特にヒエの発生です。十年程前よりの減農薬の中で収穫時までヒエの種子をこぼさずに取りきる事が出来なくなり、翌年その圃場の土を使用し育苗中のヒエ取りはかなり大変でした。
母に小言をいわれながらも忙しい春作業の中、3~4日かけて取ってもらったにもかかわらず圃場に植え付けたものもありました。その年は悲惨でした。4ha程の我家の圃場すべてが株ビエで、一目で我家の圃場が識別出来る様になり、家族に「村の皆が土なんて買っているんだから」と言い含められました。結局その年も夏のメロンの収穫、大根の蒔きつけで手がまわらず取り切れなく、それ以来購入した育苗土で稲の苗を育てる事となりました。
ヒエの種は、7年は残ると言われています。土を買う行為、わだかまりながら考えていきたいと思っています。
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風音もなく静かな夜明け。遠くに除雪車が忙しく動く音が聞こえている。夜中にまた、のっそりと雪が降り積もったらしい。雪だるまのように着こんで起きてみると、昨晩、除雪したビニールハウスの通路が屋根から落ちた雪と積雪とで埋まり、かまくらのようになっている。雪を捨てる場所も、もう山のようになっていて、雪を運び出すトラクターの上で夫は苦心している。暖冬に慣れてしまっていて、これほどの大雪になる冬を迎えるとは思っていなかった。
自給用野菜ハウスの入り口を確保して中に入ると、外の吹雪が嘘のように静かで、チンゲンサイ、春菊、ほうれん草などが凍ってはいるものの青々としている。耐寒性のある冬野菜は寒さで甘味が凝縮されておいしくなり冬の食卓を豊かにしてくれる。
今朝のごちそうは、春菊のごま和え大根の煮物にしよう。漬物蔵に寄り赤かぶ漬、紅花で着色した紅花たくあん、山形青菜漬も持っていく。樽の中に入れた手は切れるくらいに冷たくなった。雪室のようになった蔵は漬物の味の変化を抑え春がくるまで保存することが出来る。ぐるっと家の周りを歩いて食材を調達し台所に戻る。ストーブとごちそうを作る火が雪だるまを溶かすように体と気持ちを暖かくしていく。
今日は、遠くに暮らす娘と息子にお米を送る日。仕事バリバリ社会人一年生の娘は、ごちそうも一緒に入れてとのこと。自炊生活をしている料理好きの大学生の息子は野菜を入れてとのこと。おムコさんに喜ばれそうな娘と、今すぐにでもお嫁さんになれそうな息子。2人の大好きなおもちは、蔵開きをした鏡もちを薄くスライスしたのを入れる。出来たてのうどんや鍋物に入れるだけですぐにやわらかくなり便利だ。少し硬くなってきた干し柿はフルーツケーキにして焼くとまたおいしい。節分用の豆は少し砕いてクッキーに混ぜると香ばしく、節分豆クッキーとしてまた楽しめる。
冬の庄内の味をたっぷり詰めた2つのダンボール。宛先が逆だったらと思いながらもせっせと荷造りをしている。夫には、また親馬鹿が始まったと言われるが、私が親にしてもらったことをまた子供に送っているだけ。生まれ育った味は細胞を元気にしてくれるから。
大雪のこの頃、少しづつ日暮れが遅くなってきた。暦の上では、そろそろ立春。子供達が小さい頃にしたように軒下に下がった「ツララ」を鬼の角にして、鬼の雪だるまを作ろう。雪玉を投げて「鬼は外、福は内」・・・・・。
今年も良い年でありますように。
庄内協同ファ-ムだより 2000年12月 発行 No.70
一年間のご支援ありがとうございます。
おさい銭 百円玉一つ ぽんと投げて 手を合わす お願い事の
多いこと 相田みつおの日めくりカレンダーの一ページ。
以前は二言三言、今は目を閉じてややしばらく手を合わせている。誰もが身に覚えのあることだ。新年を迎えて、今年こそは、こうあってほしいと願う気持ちは農家ならさらに強くなりそうだ。
今年の天候は比較的恵まれ、作柄も品質も良いと言われているにしては農家の顔は暗い。米の価格は下がる一方だし、転作も増える一方だ。5年間で米の価格は25%も下がっているし転作率は30%にも達している。村の生産組織は平均年齢が毎年一才ずつ上がっていくし、いつ壊れても不思議はない。
冬の仕事に、きのこの栽培をしていた者も激減した。韓国と中国からの輸入に太刀打ちできなかったからだ。今、中国では日本向けに日本と同じ面積のねぎが植えられている。国を挙げての政策だ。勿論、有機認証を取得するという。新年の願い事が多くなるわけである。
この国は、いったいどこに行こうとしているのだろうか。国も、政治も、経済も混迷するばかりであるが、庄内協同ファームは町と村の産直提携を進めることと、地域と一緒になって発展しようとすることが基本にあるのだと思う。そのためにも、農業を営む中で考えている“気持ち”“こころ”“思い”を発信させていく事が大事だと思う。
庄内協同ファームの発展は私たちの農産物や農産加工品を買っていただいた人たちによって、あるいはそれに係わってきた人たちによって支えられてきたのだ。物流ばかりでなく、こころの支えがあったのだと思っている。今後も支えられながら発展する努力を惜しまないつもりだ。
春からJAS法の有機認証取得のために動き回ってきた結果、秋10月に認証機関(株)アファスの栽培及び加工食品の有機認証を取得できたが、組織の立ち上げ、書類の整備、監査員による監査、判定、と予想もしなかったほどの時間とお金が必要とされたが、悪い事ばかりではない。
一つは情報を公開できること。どんな作り方をしたのかをはっきりと表示する事ができること。二つは認証システムを組織改革につなげることができることだろうか。
経営としての効果はすぐには期待できないかもしれないが、猛烈な価格破壊には少しは抗しうると思っている。まだまだ、認証に関してもJAS法に関しても変わっていくことが予想されるが、今のところ庄内協同ファームは認証取得を方針としている。そして来年の春には新しい工場での餅製造になる予定だ。
最後に庄内協同ファームの建っている山形の歌人斎藤茂吉の晩年の歌を掲げたい
最上川逆白波のたつまでにふぶくゆうべとなりにけるかも
斎藤茂吉
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12月にしては穏やかな日和に誘われて、柿畑へ車を走らせるとすっかり葉を落としもぎ残しの柿の実を所々にぶら下げて淋しげに柿の木が並んでいる。雪の降る前のひと時を惜しんで忙しく剪定作業に励む人々の姿もどこか寒々しく、たわわに実をつけ葉を茂らせていたころとはうってかわって静かな光景である。
今年はこの柿畑にちょっとした異変があった。地元の中学校から、二年生160名に、柿畑で農業体験をさせてほしいとの申し入れ。1軒の農家への割当が6~7名。若い世帯が働きに出て、年寄夫婦が現役で柿畑を守っている農家が多いこの集落の中で、160名もの中学生を受け入れられるだろうかという不安がこみあげてきた。
作業には道具もいるし、人を運ぶ車もいる。お手洗いだって皆、天然自然の中だからそれはどうしようとか、受け入れの相談会では喧喧ガクガク。それでも皆頑張って受け入れることを決め、当日の不安は学校と役場、農協、村とが協力し、何とか一つずつ片付けていった。
迎えた当日は秋晴れのいい天気。ぞろぞろと160名が自転車に乗って坂道を登ってくる様子は壮観であった。
我が家には、男子3名、女子4名。数の上でも元気の面でも女子が勝っている班に見えた。早生柿のもぎ取り作業をしてもらったが、細かい注意を良く守って、ていねいに仕事をしてくれた。
おもしろくないのかな、と心配するほど無口でおとなしい子もいたが元気よく様々の声を発しながら仕事する活発な子に支えられて楽しく作業が進んだ。
一日一緒に働いていると、各々の個性が良く見える。何よりも、7人の会話を聞いているのがとても楽しく、若さっていいなと心から思える。
学校で起こる様々の問題行動をよく耳にするが秋晴れの空の下で、小さな虫や、くもの巣一つにキャーキャー言いながらあけっぴろげにはしゃぐ彼女らを見ていると、他人事のように思えてくる。
一生懸命働いてもらったおかげで持ってきたコンテナは、柿で一杯になり集合場所へ戻る軽トラックの上の子供たちが元気で誇らしげだった事。労働の成果が目に見えた事で自信を持ったのかもしれない。
作業の数日後、一人一人の感想が届けられた。やる前はいやだと思ったけれど、やってみたらおもしろかったとか、やったことのない仕事で楽しかったとか総じて、こちらが楽しくなる文面で安心した。
それから一月程して、収穫が全て終わったところでこちらから手紙を書いた。一生懸命やってくれて嬉しかったこと、みんなの元気が村に活力を与えてくれた事など、14歳の子供たちに感謝を込めて書いた。人に感謝される事の嬉しさや、一生懸命やれば人は応えてくれるということを、あの7人の子供たちに知って欲しかった。手伝ってくれた子供達へ、私たちからのささやかなお返し。二日目はあいにくの雨だった一日農作業で終わってしまったけれど、山の空気のおいしかった事、協力して働く事の楽しかった事を忘れないで欲しい。
“さとみー!!”と元気に友達を呼ぶ声が耳の奥で思い出と共に響いている。
庄内協同ファ-ムだより 2000年11月 発行 No.69
小春日和に思いつくまま
きれいだのおー!霊峰月山、そして鳥海山。
まっ青な小春日和の青空にずっしりと横たわる様に、しかも悠然と白いものを頂きに装いつつ!
我等が庄内の誇り。ああー見せでやっでのー。皆んなさ。
冬は、かすかな足取りで確実に近づいています。ここ庄内は地吹雪の名所。そんな厳しい冬に備えて、天気のいい日には家の回りに家族総出で雪囲いをしたり、冬に食卓を彩る白菜やらキャベツ・大根などを畑からつんでは新聞紙に包んでつるしたり、土に埋めて保存したり、つるべ落としの短い一日を忙しく過ごしています。
しかし最近はそんな姿もめっきりと少なくなって、働き手は生活のために日銭を稼ぐために精一杯。限りなき米価の下落、転作の強化。洪水のごとく押し寄せる輸入農産物。後継者に継いでくれといえない今の農業情勢。数えあげたらきりがない。先行き不安に押し倒されそうになりながらも、食べてくれる皆さんがいてくれることを励みに、何とかがんばろうと声をかけ合う。
「安くて安全でおいしくておまけに環境にやさしくて」なんとも欲張りな消費者ニーズ。戸惑いながらもそんなわがままなニーズの一部にでも応えようと協同ファームでは、有機栽培へ取り組んだ改正JAS法に定められた認証制度による栽培へのチャレンジ。
膨大な記録簿、百姓の一番不得意な所。これが嫌だから百姓したのに。人に干渉されるのが嫌だから百姓したのに。この年になって何でなの!ボヤキとも嘆きとも、悲鳴ともつかぬ言葉が飛び交う。
思えば私も有機栽培を志してから10年近くになる。横浜港に陸上げされた輸入農産物の実態を目の当たりにして、これが人の体を作っている食べ物の姿なのかと愕然として、これではいけない。何とか本物の食べ物を作らねばと思い立って始めた有機栽培。それまでは近代化農業という名のもとに機械化して化学肥料、化学農薬を駆使して収量をあげる事に全知全霊をかけて奔走した日々だった。
しかしある日、努力すればする程土をいじめていることに気づき、今まで百姓してこれたのは、先祖が頑張って土を作ってくれたおかげ。私が次の世代へ残してやれるのは、壊れた固くしまった土と汚れた空気。これではあまりに恥ずかしい。悔いが残る。
そうして始まったのが、今の遊喜栽培、自然農業である。厳冬のハウスの中で、春に種を蒔いてたわわに実る稲や枝豆の姿を思いつつボカシ肥料(発酵肥料)作りに精を出す。微生物の力を借りて、切り返すたびに放つ芳醇な快いにおいを体一杯に吸い込みつつ、楽しみながら遊び心を持って百姓をしている。いやつもりだ!
今年からは就農2年目の息子に稲作りをまかせ、私とかあちゃんはだだちゃ豆作りに専念する。
なんかさびしくもありうれしくもある。仲間は贅沢な悩みというが経験した者でしかわからないこの気持ち。
そう言えば、おつむのあたりも心なしか秋模様。ハラハラと散る落葉にもなぜかいとおしさを感じる。もうすぐ冬だなあー。ITに取り残されたおっちゃんは今日も迷走する。
庄内協同ファ-ムだより 2000年9月 発行 No.68
へちまのこと
へちまの花は美しい。直径10センチ以上もある大きな黄色の花が、その薄い花びらを風に揺らして咲いている様は、実に見事だ。
へちま畑のそばを通りかかる人は思わず足を止めて見入ってしまうほどである。
今年は、9月1日に2回目の、へちま畑回りを行った。の8人のメンバーで、すべての畑を回りチェックする。我が家の作業形態では、へちまの採水と稲刈りが重なると仕事がきつくなるので、今年は、稲刈り前に採水を終わそうと準備にかかる。洗浄済みの一升瓶の王冠は、ラジペンで取ると指先を痛めない事を発見。100円ショップで買い求める。瓶のケースを軽トラックに積み込んで一路へちま畑へ。アルミホイル、カッター、消毒液などの7つ道具を入れた籠を腰に下げ、いよいよ作業開始。
常に、カッターや、手や、へちまの茎などの消毒は手抜かりなく行う。地上60センチ位を、カッターで斜めに切るとへちま水がにじんでくる。それを一升瓶に差し込み、アルミホイルでしっかりと巻き雨水などの浸入を防ぐ。このやり方で、朝、セットして夕方回収。
直ぐセットして翌日の朝回収。またセットして、夕方回収というやり方で、1本のへちまから丸2日採水したら、それ以上は採水しないという取り決めがある。これはへちま水の品質を、一定に安定させる意味がある。瓶に4~5枚の新聞紙を巻いて洗濯ばさみで止め、日除けにする。ポトン、ポトンとひと滴づつ瓶にたまっていく、自然の恵みを大切に採水する。
八彩耕房のメンバーも40代後半がほとんど。1年づつ体力の衰えを実感する年齢である。重い物を持つのが大変だ。だが、これがへちま水になると、その重さを感じないから不思議である。
農村女性8人が、各自の個性を生かしながら、土と向かい合っていきたいという思いを込めてスタートした『八彩耕房』のネーミングもおなじみになったと思います。
今年もへちま水が採れました。皆さんどうぞ宜しくご愛顧下さい。
庄内協同ファ-ムだより 2000年8月 発行 No.67
秋祭りの晩に
旧盆を迎える頃、五穀豊穣を祈って、村々では秋祭りが行われる。私の住む村では、8月16日、隣村では15日、生家では、18日に開かれるのが習わしだった。
当日は、親戚中を呼ぶので、家々の者はもてなしに追われ、祭りどころではなく慌しく過ぎ去ってしまう。そこで近頃では、祭りの前に村人達で楽しむ会を開くところも多くなった。それが、今年は12日。公民館の広場にテントを建て、出店し、トラックの荷台を舞台に仕立てて、カラオケや踊りを楽しむ。暑かった一日を生ビールでいやし、久しぶりに戻った若者たちで活気づき祭りも佳境に入った頃、それまでサワサワと吹いていた東よりの風が、強くなり始めた。いやな風だな、と思い始めたのもこの時刻。8時頃だったのかもしれない。
祭りも無事終わり、床についた頃いよいよ風音は強くなって窓を揺らした。出穂したばかりの稲に傷がつくことを心配しながらも眠りに落ちていった。
翌朝、田んぼ廻りに行った夫が、異変を伝えた。「風で稲がやられている」話を聞いただけでは程度が想像できないので自分で確かめる為に圃場へと走った。
今年は天候が穏やかで順調な生育を見せていた稲に期待を寄せていただけに又、何かが起こってしまった不安を感じながら、田んぼに目を向けた。
稲穂が銀色に輝いていた。見たことのない光景だった。風を受けた渕を中心に、被害を受けた所が、銀色に染まりまだ止まぬ風に揺れていた。全面やられている所もある“白穂”というのだそうだ。昨日の落日まできれいだった稲が、たった一晩の東風でこんな被害を受けてしまうことがあるのだということを初めて知った。出穂したてのコシヒカリ系の稲が一番手ひどくやられていた。逆らえない自然からの受け入れ難いプレゼントは今年はこんな形でやってきた。皮肉にも豊穣の秋を願いながら飲んで騒いだ祭りの晩の出来事だった。銀色に光っていた稲穂は翌日には白に変わり今は赤茶けてすっかり枯れ、稔り始めた田んぼの中で首を伸ばして立っている。イモチ病にやられた時と同じ色だ。長く農業を続けてきた夫にとっても、この“白穂”は初めての経験だという。
庄内協同ファームの中で、この被害を受けたのは私の地区だけ。台風のように広域にわたる被害ではないものの、ここから見て、北東地区ほど被害は大きかった。
ともあれ、暑かった夏も気がつけばいつしかせみの声が止み、秋の虫の音が心地良く響く頃となった。8月も残りわずか、月が変われば枝豆の最終品種庄内5号の取り入れ、デントコーンでのサイロ作り、ヘチマ水の採水、そして稲刈りへと入っていく。季節の移り変わりをゆっくりと楽しむ余裕もなく、次々と続く作業を追いかける日々を、これも1つの幸せと呼ぶのだろうかと思いながらすごしている。
庄内協同ファ-ムだより 2000年7月 発行 No.66
暑中お見舞い申し上げます。
暑い毎日が続いています。いかがお過ごしでしょうか。
今年も7月末から8月上旬にかけて稲穂の出る季節となりました。春、3月20日に種籾に薬剤を使わず、60度のお湯に10分浸漬し殺菌して始まった作業から、4月に床土と肥料を合わせる作業(今年は、有機質100%の肥料とくん炭等をつかう)、箱に詰める作業、播種作業と連続した作業の後、ハウスにそれを並べて育苗の前半作業を終える。今度は平行して田圃の基肥散布、耕起、5月の潅水、代掻き、田植えとなり一連の春作業を終える。この後除草の為にトロトロ層は米糠ペレットを10アール75kgから80kg散布した。この間、約1月半本当に忙しかった。
去年から、トロトロ層栽培稲作(育苗時から無農薬・無化学肥料)に取り組み今年は面積を増やしてみた。(トロトロ層:田んぼ表面を発酵させ草が生えないようにする)ファームの仲間に聞くと大変な話ばかり聞いているので心配していたが、2日間除草のために43アールの田に入り、手で地球の表面を所々撫でて回っただけで終える事が出来た。雑草は、ヒエは少なく今年始めた所には、コナギが多く生えていた。去年から始めた所は、ホタルイが多かった。しかしその他に多くの生き物がいて、タニシ、ヒル、オタマジャクシ、ミジンコ等動き回っている。これも5年前から続けている有機質肥料の散布の効果なのかなと思っている。
ここに来て、去年米の品質を悪くした害虫(カメムシ)の多発警報が出されて心配している6月から7月にかけての温度が高かったためと思われる。今まではイナゴの発生が多く困っていて今年は少ないなと思ったらこれである。本当に毎年何か起こるものである。
今後どうなるかは、後のファーム便りに譲るとして、7月24日の夜の雷はすごかった。寝苦しいので窓を開け雷のショウを見ていた。とめどない光の点滅と雷音、地球の最後はこうして終わるのかなと考えてしまった。30分くらいのショウも終わり、涼しくなってきたところで自然に寝てしまったようで朝まで窓は開いたままだった。人間のやっている事は、自然に比べれば小さなように思われるが、それでも人間は自然を食いつぶして生きている。いつか昨日の夜のような終わりが来ないように!
庄内協同ファ-ムだより 2000年5月 発行 No.65
“天神祭りでちょっと一休み”
5月25日晴れ、藤沢周平の出身地鶴岡市の「天神祭」があった。別名「化け物祭り」とも言われ編がさに手ぬぐいで顔をかくし、派手な襦袢を着た”化け物”が無言で酒をついで回り、手踊りや仮装パレードが繰り出すお祭りだ。この日ばかりは農作業の手を休める。数年来から”鶴岡親子劇場”のパレードに私も車の運転などで参加してきた。今年は久々の晴れのお祭りで、パレード参加が2千人とここ数年では最高の参加人数となったこともあり大変な盛り上がりとなった。この天神祭りまでに田植えを終え、一息つくのが恒例である。我が家もやっと前日に田植えが終了した。
“春一番”の乾燥した風で、田畑が乾き固くなるのだが、今年は4月中には10日間雨の日と、これほど田畑が乾かないのが例がないほどやわらかい田んぼで大変でした。前号のファーム便りでは育苗までのことが書いてあったので、今回は本田について少し書きます。
1.排水路の泥あげ排除
排水路にたまった泥をスコップであげ 流れやすく排除する。
2.畦畔補修
低くなった田んぼの畦畔(くろ)を高 くし、水もちをよくする作業。スコップ やトラクターに”畦畔塗り機”をつけてやる。
3.基肥、堆肥散布
本田に堆肥や、ぼかし肥料、有機肥料、貝 化石などの土壌改良剤などを、散布機、ブロードキャスター等の機械を使って 散布しました。田がやわらかく大変だった。
4.耕耘
トラクターの”ロータリー”で前年の稲株をかえすように土を起こし細かくする作業です。
5.しろか代掻き
耕耘した田に水を張り(ひたひた水) トラクターの”ハロー”で、どろどろの 状態にかきまぜ、平らにする作業です。
6.ゴミ上げ
代掻き後水を10cm位入れると、ワラ や草が浮き上がり、風で片側に寄せられます。それを取り上げます。
7.苗運び
ハウス内で育った苗を、代掻き後の水の 張った田に運びます。
8.田植え
代掻き後、ある程度泥が落ち着いたら、 苗箱から苗を田植え機械に入れ、植えていきます。
7~8の作業の間に、だだちゃ豆畑の耕耘、定植、畑の耕耘、野菜の収穫、等々の作業があり、ダイエットするまでもなく春はやせられます。
庄内協同ファ-ムだより 2000年4月 発行 No.64
農作業“春は大忙し”
今春は農産物有機認証の事やらで、いつになく大忙し。
今月20日も過ぎれば田んぼのあちらこちらで肥料散布や耕耘が始まるのですが、今年は天候が不順で田んぼは軟らかく、とてもトラクターが入れる状態ではありません。
ところで先日、家族総出で稲の種まきをしました。米栽培は機械化が進み、人手がいらなくなったとはいえ、種まきは別、最低でも3名は必要です。今回は稲の育苗について順を追ってお話したいと思います。
1. 塩水選
3月下旬種子の選別、塩水の比重(1.1 0~1.13)を利用して良い種子を選ぶ作業。
2. 種子消毒
昨年までは農薬での消毒でしたが、今年からはすべて温湯浸法(62℃5分)で行いました。(有機米栽培ではもちろん農薬は使えません)
3. 浸種
種子の発芽を揃えるため水に漬けておく。我が家では20日間位漬けておきます。
4. 芽出し
少し温度(32℃48時間)をかけ籾を少し破って発芽しやすいようにさせる作業。
我が家では近くの湯田川温泉の廃湯を利用して農協が行っている所に委託。下の写真
5. 採土・砕土
育苗土に使用するもので田んぼから採った土が一番良いとされていますが、今は購入する農家が多く、我が家も例外ではありません。
6. 育苗土に肥料合わせ
有機米栽培には育苗の段階でも肥料は有機質100%肥料を使用しなければなりません。どんな肥料が良いか分からなく、まだ試行錯誤の段階なので今回は2種類使用。(なんと有機農産物生産 の大変な事)
7. 土詰め
育苗箱(60㎝×30㎝×3㎝)に土を詰め る作業。ほとんど機械です。最近では土を使わず育苗マット(紙パルプ)で育苗する農家も出てきました。
8. 播種(今年は4月16日に行いました)
機械で行います。まず土を詰めた育苗 箱に潅水、次に種まき(130~160g/箱)最後に覆土をかけて終了。
9. 育苗(我が家での方法:稚苗無加温ハ ウス育苗の説明—-→ちょっと専門用語—でも読んで字の如く)
播種後すぐに平らに整地したビニール ハウス内に並べます。並べたら発芽す るまで土が乾燥しないようにまた揃って発芽するように、育苗箱の上にポリシートをかぶせ、芽が揃ったらポリシートを取り、後は毎日温度管理と水掛作業に追われます。(この辺からは本田作業とかち合い大忙しです。)
稲、枝豆、へちま、モロヘイヤ、自家用野菜等の育苗は気の抜けない作業ですが、苗作りが上手に出来れば、あとあと本畑でも立派に生育してくれるので、大事な仕事でもあります。
春は忙しく過ぎて行きますが、忙しい中にも気持ちにゆとりを持ち、鳥の鳴き声に耳を傾け、初鳴きに季節を感じ、木々の芽に息吹を感じ、そして今年はこんな事に挑戦して作物を観察してみようと!!
庄内協同ファ-ムだより 2000年3月 発行No.63
環境方針に基づく環境マネージメントについて
現在、幣組合では環境管理マネージメントを出発させ、農産物生産、加工等の事業における環境負荷削減と、改正JAS法における有機食品表示に対処し、環境保全型農業継続の為、㈱農業食品監査システムと提携し、農業版「ISO14001」といわれる「AFAS(アファス)システム」の構築と認証取得を目指して活動しております。
これまで以上に、情報公開と具体的な営農改善に役立てて、皆様からの信頼を得るべく、努力してまいります。
宣 言
私たち農事組合法人庄内協同ファームは「豊かな自然環境を大切に」「安全とおいしさを求めて」を理念として、持続的農業経営発展を計るため「AFASシステム」を導入し、行動をすることをここに宣言する。
農事組合法人 庄内協同ファームの環境方針
人類の営みは、有限である地球の未来へ影響を与え、壊し続けているが近代産業の中で、農業も自然破壊への一つの大きな要因であることを認識する。
私たちは農業本来の持つ、自然に融合する豊かさを大切にし、農産物の生産、加工、流通全般にわたり、環境負荷を出来る限りなくし、自然循環的資源を最大限活用し環境保全と人々の健康増進に資したいと考える。さらに、未来産業としての農業を確立するためにも農業に対する環境法規制、自主基準、その他の要求などを遵守するだけでなく以下の諸努力を行う。
1. 化学肥料、化学農薬をはじめとする化学物質使用削減による土壌、水質、大気汚染の防止。
2. 環境負荷の少ない生産技術の習得や資材の使用。
3. エネルギー使用量の削減。
4. 廃棄物の削減、リサイクル。
5. 農地の生物多様性の保全。
6. 調達先や供給先の環境活動への展開協力。
また更に、AFASシステムを定期的に監査見直しする事によって継続的改善に努める。以上、全生産者に周知するとともに、ここに公に声明するものである。
今年チャレンジしてみたい事
学名・オリザ、稲の学名オリジアス、めだか、稲の魚という意味らしい。めだかの世界的分布は、水田の存在と重なっているという。
娘との会話。「父ちゃん、環境問題でめだかの事書いて,受験の作文練習して先生から見てもらった。」私、「ん・・・・!!」彼女達にとって、めだかは水族館か学校のガラスの水槽で観察するものらしい。
昨今、大量の化学物質、化学製品の使用,廃棄が環境を汚染し未来に不安を投げかけている現実が一般にもようやく認識されはじめました。今年の暖冬は,去年の猛暑とともに地球環境変化が肌で実感されます。またも稲作への影響が心配です。
新しく定めた「食料・農業・農村基本法」の中にも基本理念として、食料の安定供給をあげながらも、多面的機能・自然環境の保全農業の持続的な発展そして自然循環機能の維持と今までとは違う視点で農業の構築が示されています。4月からは、有機認証の発足に伴い厳密な食糧生産の展開が求められるようになってきました。
1月末二日間にわたり「省資源・環境保全型稲作技術全国交流集会に参加する機会があり、300名が集い無農薬や有機栽培等の取り組み実践報告、討議がなされ、久し振りに基本的な稲作技術の議論を聞く事が出来,日本各地の熱い稲作農民の心意気に触れました。
しかし、30年余り、近代化学農法、V字型稲作で多収をめざし誇ってきた我々の肥培技術の意識の中では,真正面で受け止める事は,至難でした。
私も10年程前より減農薬・減化学肥料そしてわすかですが、無農薬無化学肥料の稲作をやっと取り組み始めました。低米価・高コストの中で、実験的な段階ですが、昨年の課題を整理し今年も、と思っています。せめて「水田の魚」が実験用に例えられない事を想い・・・・。
庄内協同ファ-ムだより 2000年2月 発行No.62
飛べASAICHO君!
「可愛かったなああの頃の息子達」などと言いながら、久しぶりに弟自慢の娘たちと幼かった頃の話に花が咲きました。冒頭の言葉は、やんちゃな次男が親しみを込めて兄に言った言葉です。長男はASAICHOという名前ではないのに、幼い頃から一徹なところがある次男がニコニコ笑いながら、ASAICHOくーんと呼び、兄の後を追いかけていました。そう呼ばれていた長男は、我が家に六十四年ぶりに生まれた大切な男の子でした。 元気な姉二人を持つ彼は、いつも私の服裾をつかんでいるような内気な息子でしたが、好奇心は旺盛で、周りを驚かせるようないたずらばかりしておりました。
我家は放任主義ですが、しつけは厳しい家です。口で言っても解らない時は、反省を促すため蔵に閉じ込めておきました。特に長男は蔵に入れられることが多くありました。そんな兄を心配するのはいつも三男でした。蔵に閉じこもったまま出かけると、帰ってくるのを今か今かと橋の上で待っている三男の姿がありました。私を見つけると小躍りし、手を打って喜ぶ二歳の幼い彼でした。
あれから二十年近く経ちました。泣いたり笑ったり、けんかをしたりじゃれあったりしていた五人の子供はいつのまにか、娘達は美しく、息子たちは夫をしのぐ肩幅がっちりの大男に育ちました。今年は末っ子の三男が高校生になります。そのことが、私にひとくぎりついたような安堵感をもたらしてくれました。子供達は体の弱い子もいず、大きな問題を起こすこともなく育ちました。親としては楽だったと思いますが、それでも私にとっては、子育てと生きることに追われた大変な日々でした。
これからは、もう少し自分のしたいことをしてもいいですよね。 やりたいことが頭の中で我も我もと手を上げます。
でも、今年は三つだけ!。
・これまでやってきた仕事のグレードを アップする。
・農家民宿“母家”を軌道に乗せる。
・長年の夢 ブラッと一人旅実行
又、春が来ます。緑萠え、桜花爛漫の春、私が私へ贈る言葉は、暖かい思い出が一杯詰まった呼び名をもじって、“飛べMISAちゃん!”








