庄内協同ファームだより

トップページ > 庄内協同ファームだより > 庄内協同ファ-ムだより 発行 No.101 2004年2月

もうすぐ、春

小野寺仁志 鶴岡市

もう春の声を聞く時節になりました。シベリアから酒田の最上川河口に渡来してきた白鳥は一冬あちこちの田んぼで落穂をついばむ風景もあと少しで見られなくなります。そういえば、もち米を栽培したわが家の田んぼは未熟粒が多かったせいか、例年よりずいぶん多くの白鳥が来て、落穂をついばんでいました。

この光景を遠くで見ている分には白くて美しい鳥というイメージですが、近くに寄ってよく観察すると「グェッグェー」という鳴き声はお世辞にもきれいとは言えなく、形も大きく、ドロの中の餌を食べているせいか口元も汚れているし、水面を泳いでいる姿はとても優雅ですけど、地面を歩く姿はちょっぴり滑稽に見えます。でも群れを組んで行動する白鳥は役割分担があるらしく、餌を食べている時も数羽は外敵を監視して仲間が安全に餌にありつけるように、しているのです。仲間同士生きる術をちゃんと身につけているのには感心させられます。
先週、真冬にはけっして鳴かないスズメのさえずりを聞きました。まだまだ、外は寒いですが、春はそこまで来ています。(川原のふきのとうも芽を出し始めました)

今は確定申告の時期、昨年の経営を反省しながら、また今年度の計画を考え、申告書を作成しています。昨年水稲の有機栽培では、害虫(イネミズゾウムシ)と広葉雑草の被害がひどく、大減収でした。6年間頑張ってきました有機栽培米の生産を経営的考えで今年は断念します。(害虫、雑草の密度が少なくなったら、有機栽培を再開する予定でいます)ちょっぴり、寂しい気持ちですが畑作(枝豆、大豆)での有機栽培をより安定的に行なえる技術を模索したいと思っています。
食べて下さる皆さんの思いは理解できますが有機栽培の大変さ、つらさを一番良く知っているのは農民です。——-私はマイペースで行きます!! 2004年2月20日

追) 昨日(2/22)、庄内地方の最高気温が20℃を超え(これは当地方の5月下旬の気温に当たります)春本番という感じでした。シベリアから越冬しに来た白鳥の北帰行が一気に進みそうです。

スケッチ

菅原すみ 三川町  2月25日

 啓蟄ももうすぐ、この頃ようやく春の陽光を感じるようになりました。冬の間、古くなって修繕をしなければならない蔵の中を少しずつ片付けていました。大正時代に建てられた土蔵ですが、 長年、米を積み重ねてきた重みで板の間が軋み内壁がはがれ落ち、痛みが目立つようになってきているのです。
戦後頃までは米を保管していた蔵ですが、狭い入り口を一俵ずつ担いで出入りしなければならず、今は力を使わなくても良い、フォ―クリフトという便利な機械で米を積み重ね出し入れが出来るので、稲倉という建物に保管をしています。

一階は、馬鈴薯、南瓜、人参などの野菜の貯蔵庫のほかに昔の食器や漆器など「食」の収納になっており、二階は昔の布団や着物などの「衣」の収納場所になっています。一階の戸棚には、お昼に田圃に持って行ったごはんや漬け物などを入れた大きな木の器の「きりだめ」や「おかもち」など、木や竹の形を利用した器があります。
二階に昇り奥にある行李や箪笥を開けてみると、農作業や普段用に着ていた絣や藍染めの作業着がしまわれています。蚕を飼い、糸を紡ぎ、藍や草木で染めた布を縫い、ほころびたところは当て布や刺し子をして繕い、布を大切にしていた思いが一針一針に感じるものばかりです。
一日の農作業を終え食事を作り片付けを終え、子供を寝かしつけたあとの眠い目をこすりながらの手仕事だったのでしょうか。地味で粗末なものにしか見えない色や柄のものですが、暖かな手のぬくもりが伝わる大切な我が家の宝物です。

羽織ってみると、肌にしっとりとなじみ木綿は夏涼しく働き易かったことでしょう。縫い目が肌にさわって痛くないように別布でくるんであり、裾は動き易いようにスリットが入っていて、ここの所も別布で丁寧にくるんであり破けない工夫なのでしょう、農に向かい合う昔の人達の意気込みが野良着を通して伝わってきます。
古い道具類に昔の人の暮らしぶりを想像しながら、この蔵にいつまでも保存しておける私達の時代の手仕事を残せたらいいなと思うのです。
外から夕刻を知らせる音楽が聞こえてきました。半日が経つのはあっという間、ごはんの仕度に家に戻ることにして、土蔵の出入り口の扉をあけると、防犯用につけられた鈴の音が「チリンチリン」と鳴ります。昔の時代と今の時代を行き来する心を切り替える合図のように聞こえてきます。
外は雪もとけ、そろそろ種を蒔く畑の準備をしなければなりません。しばらくの間、蔵の片付けは中断です。



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